【税理士・社労士】AI研修の前に。守秘義務は職員本人にも罰則つき
士業事務所で生成AIを使うとき、守秘義務の名宛人は所長だけではありません。税理士法第54条・社会保険労務士法第27条の2は職員本人にも義務を課し、違反には罰則があります。条文を確認したうえで、研修で決めるべき線引きと、その前にやるべき契約書の手当てを整理します。

この記事でわかること
- 守秘義務は所長だけの話ではない。税理士法第54条・社労士法第27条の2が、使用人その他の従業者にも直接義務を課している
- 禁止されているのは「漏らす」だけでなく「窃用・盗用」も。顧問先データを自分の効率化のために使う行為も条文の射程に入る
- 罰則は税理士側が2年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金、社労士側が1年以下。いずれも親告罪で、実務上は刑事罰より先に顧問契約の解除が来る
- 「正当な理由」があれば違反にならない。だから研修より先に、顧問契約書と同意書にAI利用の条項を入れるのが順番として正しい
士業事務所でAI研修の話をすると、議論はたいてい同じ場所に着地します。
「うちは顧問先の数字を扱っているので、AIはちょっと……」
分かります。ただ、この一言で止めてしまうと、職員はスマホで個人アカウントのAIを使い始めます。禁止した気になっているだけで、実際にはいちばん管理できない形で使われる。いわゆるシャドーAIで、調査でも公式外ツールの業務利用は4割前後という数字が出ています。
止めるにしても使うにしても、まずはどこに線が引かれているのかを条文で確認するところからだと思っています。
税理士事務所のAI研修で最初に伝えるべきは、職員本人が名宛人だということ
多くの事務所で、守秘義務は「所長の責任」として説明されています。条文を読むと、そうではありません。
(秘密を守る義務) 第三十八条 税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなつた後においても、また同様とする。
(税理士の使用人等の秘密を守る義務) 第五十四条 税理士又は税理士法人の使用人その他の従業者は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。税理士又は税理士法人の使用人その他の従業者でなくなつた後においても、また同様とする。
——税理士法(昭和26年法律第237号)第38条・第54条(e-Gov法令検索。2026年8月22日閲覧)
第54条の名宛人は「使用人その他の従業者」です。 つまり、資格を持っていない補助職員も、パートの入力担当も、法律が直接義務を課している相手ということになります。
社労士側も構造は同じです。
(秘密を守る義務) 第二十一条 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。(後略)
(開業社会保険労務士の使用人等の秘密を守る義務) 第二十七条の二 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の使用人その他の従業者は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。(後略)
——社会保険労務士法(昭和43年法律第89号)第21条・第27条の2(同上)
研修の冒頭でこれを読み上げるかどうかで、その後の90分の集中度がまったく変わります。「事務所が怒られる話」ではなく「自分が名宛人の話」だと分かるからです。
罰則と、実際に先に来るもの
数字も押さえておきます。
| 税理士事務所 | 社労士事務所 | |
|---|---|---|
| 有資格者の義務 | 第38条 | 第21条(開業社労士・法人の社員) |
| 職員の義務 | 第54条 | 第27条の2 |
| 罰則 | 2年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金(第59条第1項第3号) | 1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金(第32条の2第1項第2号) |
| 親告罪か | 親告罪(第59条第2項) | 親告罪(第32条の2第2項) |
| 退職後 | 続く | 続く |
親告罪なので、顧問先が告訴しなければ刑事事件にはなりません。だからこそ研修では正直に言うようにしています。 現実に先に来るのは刑事罰ではなく、顧問契約の解除と、地域での評判です。士業事務所の新規獲得が紹介中心である以上、こちらのほうが事務所にとっては重い。
「漏らす」だけでなく「窃用・盗用」も禁止されている
見落とされやすいのがここです。税理士法第38条は「洩らし、又は窃用してはならない」、第54条は「漏らし、又は盗用してはならない」と書いています。
つまり、外に出さなくても、自分のために使えば条文の射程に入り得るということです。生成AIの文脈で言えば、たとえばこういう行為が論点になります。
- 顧問先A社の決算データを使って、自分の勉強用にAIで分析させる
- 顧問先の給与データを、事務所の営業資料を作るためにAIへ入力する
- 前の担当先の資料を、転職先の事務所で参考として使う(退職後も義務は続きます)
「誰にも見せていないから大丈夫」は、条文の読み方としては通りません。
顧問先データのどこに線を引くか
とはいえ「全部だめ」では業務が回りません。実際に事務所で決めていただいている線引きを、税理士事務所・社労士事務所それぞれの帳票名で書きます。
| 区分 | 税理士事務所での例 | 社労士事務所での例 | AIに入れてよいか |
|---|---|---|---|
| 顧問先が特定でき、かつ金額・個人情報を含む | 総勘定元帳、試算表、決算書、法定調書、年末調整資料 | 算定基礎届、月額変更届、離職票、賃金台帳、個人別の給与データ | 入れない |
| 顧問先は特定できるが公知の情報 | 商業登記の内容、公表済みの決算公告 | 会社名・所在地・業種 | 原則入れない(組み合わせで推測されるため) |
| 顧問先が特定できない形に加工した業務内容 | 「製造業・従業員30名・在庫の評価方法を変更したい」 | 「小売業・パート15名・シフト制で36協定を結び直したい」 | 条件つきで可 |
| 顧問先と無関係の一般知識 | 税制改正の条文の要約、会計ソフトの操作手順 | 法改正の内容、様式の書き方 | 可 |
| マイナンバー(特定個人情報) | 扶養控除等申告書に記載された番号 | 資格取得届に記載された番号 | 例外なく入れない |
マイナンバーだけは別枠にしています。番号法の下で特定個人情報として通常の個人情報より厳格な取扱いが求められており、事務所の運用でも保管場所・取扱者を限定しているはずです。AIの入力欄は、その限定の外側にあります。 ここは「判断させない」のが正解で、研修でも例外なしと言い切っています。
3行目の「条件つきで可」が、実務でいちばん効く
ここを教えられるかどうかが、士業事務所のAI研修の価値だと思っています。
顧問先を伏せて業種・規模・論点だけを書けば、AIは十分に使えます。ただし職員が自力でこの変換をできるとは限りません。研修では、実際の相談メールを1通持ってきてもらって、その場で匿名化する演習をやります。これが一番身につく。
匿名化のルールは、この4点に集約しています。
- 固有名詞を全部落とす(会社名・屋号・代表者名・従業員名・所在地・取引先名)
- 金額は桁を丸めるか、比率に変える(「売上3億2,400万円」→「売上3億円規模」)
- 日付は年月まで(「8月14日に退職」→「8月に退職」)
- 組み合わせで特定できないか最後に読み返す(「地元で唯一のガス会社」は匿名化になっていません)
4つ目が抜けがちです。地方の事務所ほど、業種と規模だけで会社が割れます。
順番として、研修より先にやることがある
ここが今日いちばん伝えたいところです。
条文はどちらも「正当な理由がなくて」という限定つきの禁止です。裏を返せば、正当な理由があれば違反にはならない。そして顧問先の同意は、その正当な理由になり得ます。
なので、研修を組む前に契約書を手当てするのが順番として正しい。 具体的には、顧問契約書または覚書に次の3点を書きます。
- 利用するサービス名と提供事業者(「生成AI」ではなく具体名で。変更時は通知する旨も)
- 入力する情報の範囲(上の表の「条件つきで可」の行に相当することを、契約書の言葉で)
- 入力内容が学習に利用されない設定であること(法人向けプランの設定を使う旨。ここは実際にそう設定してから書く。やっていないことを書かない)
3つ目は、実装が伴っていることが前提です。管理画面で学習利用オフを確認してからでないと、契約書に書いた瞬間に別の問題になります。
事務所によっては「顧問先に説明したら不安がられるのでは」と心配されます。私の実感は逆で、先に説明した事務所のほうが信頼されています。 「AIで効率化した分、面談の時間を増やします」まで言えると、値上げの話すら通りやすくなる。黙って使って後から発覚するのが、いちばん悪い順番です。
研修の組み立て方(半日で組むなら)
士業事務所向けに実際に使っている構成です。人数は10〜20名、所要3時間を想定しています。
| 時間 | 内容 | ねらい |
|---|---|---|
| 20分 | 税理士法第54条/社労士法第27条の2と罰則を条文で読む | 「自分が名宛人」だと理解させる |
| 30分 | 入れてよい情報・だめな情報の区分(上の表を事務所の帳票名に置き換えて) | 判断基準を共有する |
| 40分 | 匿名化の演習(各自が実際の相談メールを1通持参) | 手を動かさないと身につかない |
| 40分 | 事務所業務での実演(税制改正の要約、就業規則案のたたき台、議事録の整形) | 「使える」という実感 |
| 30分 | 事務所ルールの合意(使ってよいサービス、個人アカウント禁止、質問先) | 持ち帰って終わりにしない |
| 20分 | 質疑 | — |
最後の30分を必ず入れます。 ここを削ると、翌週から各自バラバラの使い方が始まります。決めるのは3つだけでいい——どのサービスを使うか、個人アカウントを使わないこと、迷ったら誰に聞くか。
助成金を使う場合は、訓練内容が要件に合うかを事前に確認してください。共通して言えるのは、訓練開始前に計画届の提出が必要で、審査があるため受給が確約されるものではないということです。制度は改正されます(実際、2026年8月の改正でリスキリング助成金の対象が厳しくなりました)。社内で用意する書類は助成金申請で社内に用意しておく書類に、不支給になりやすい理由は助成金が不支給になる理由と回避策にまとめています。
研修の進め方や費用はAI研修のページをご覧ください。事務所ごとに扱う帳票が違うので、カリキュラムは持参いただいた実物に合わせて組み替えています。
線引きを決めるのは、研修を発注する前
守秘義務の線引きは事務所ごとに違うので、研修会社に渡す前に自事務所で決めておくものです。 ここが空欄のまま研修だけ入れると、受講者が現場で判断できません。
自事務所がいまどこにいるかはAI適合度診断の10問で点数として出ます。連絡先の入力は要りません。 費用の見当を付けたいならAI見積もりが約3分で試算します。研修の中身と価格はAI研修にまとめてあります(1名6万円・税別からで、助成金活用時の実質1.5万円/名から)。
出典(すべて2026年8月22日閲覧)
条文は引用時点のものです。守秘義務違反に当たるかどうかは個別の事情によって判断が分かれるため、実際の運用にあたっては所属する会・顧問弁護士にご確認ください。助成金の要件・金額は改正されることがあるため、必ず厚生労働省の最新資料と管轄の労働局で確認してください。
よくある質問
- 税理士事務所の職員が顧問先のデータを生成AIに入力すると法律違反になりますか?
- 一律に違反とは言えませんが、税理士法第54条は使用人その他の従業者に対して、正当な理由なく税理士業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないと定めています。顧問先の同意など「正当な理由」がない状態で、入力内容が外部に保存・利用されるサービスへ渡す運用は避けるべきです。判断は個別事情によるため、顧問先との契約内容を確認してください。
- 守秘義務は所長(有資格者)だけの義務ではないのですか?
- 職員本人にも直接かかります。税理士法第54条、社会保険労務士法第27条の2が、それぞれ使用人その他の従業者を名宛人にしており、退職後も義務が続くと明記されています。研修では「事務所が管理する」ではなく「あなた個人が名宛人です」と伝える必要があります。
- 違反したときの罰則はどうなっていますか?
- 税理士法第59条第1項第3号により、第38条または第54条の違反は2年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。社会保険労務士法第32条の2第1項第2号により、第21条または第27条の2の違反は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。いずれも告訴がなければ公訴を提起できない親告罪とされています。
- 顧問先の同意があればAIに入力してよいのですか?
- 条文は「正当な理由がなくて」漏らし、または窃用・盗用してはならないという構造なので、顧問先の同意は正当な理由になり得ます。ただし口頭の了解では後から確認できないため、顧問契約書または個別の同意書に、利用するサービス名・入力してよい情報の範囲・学習利用の有無を書いておくのが実務的です。
- AI研修は人材開発支援助成金の対象になりますか?
- 訓練内容や事業所の状況によります。共通しているのは、訓練開始前に計画届の提出が必要で、審査があるため受給が確約されるものではないという点です。制度の要件は改正されるため、必ず厚生労働省の最新の資料と労働局で確認してください。当社の研修の進め方は AI研修のページにまとめています。
助成金を使えば、実質1/4
士業事務所では、職種によって「AIに何をやらせるか」が大きく変わります。助成金は対象者の職務に直接必要な内容かで判断されるため、カリキュラムを職務に合わせて組むことが要件面でも効いてきます。対象になるかの確認から申請書類の準備まで、無料でサポートします。
AI研修の詳細を見る →費用の概算だけ先に知りたい方はAI見積もり(無料)へ。種別で「AI研修」を選ぶと、人数から概算と助成金活用時の実質負担が出ます。
先に費用の目安を知りたい方は用途別の費用相場へ。