【AI導入の効果測定】残業を減らしても、この式では生産性は動きません
AI導入の効果測定をどうするか。実は国がいちばん厳密な定義を出していて、中小企業省力化投資補助金の公募要領に労働生産性の算式がそのまま書かれています。その式を読むと、時間削減だけでは数字が動かないことが分かります。着手前にしか取れない数字と、先に決めておくことを公募要領の原文から整理しました。

この記事でわかること
- 中小企業省力化投資補助金の公募要領は、労働生産性を「(営業利益+人件費+減価償却費)÷従業員数」と定義している。目標は補助事業終了後3年間で毎年、年平均成長率3.0%以上
- この式の分母は労働時間ではなく従業員数。残業代が減っても人件費が減って営業利益が同額増えるだけなので、他が動かなければ付加価値額は変わらない
- 比較の起点は「交付申請時の労働生産性」=着手前に期末を迎えている事業年度の値。着手してから取り直すことはできない
- 公募要領は事業計画で「省力化により既存業務から抽出できると期待される時間・人員の使途」を説明させる。空いた時間の行き先を先に決めろ、という要求
AI導入の効果測定をどう設計するか。社内で決めようとすると、たいてい「工数が何時間減ったか」で始まります。
ただ、国がすでに厳密な定義を出しています。 中小企業省力化投資補助金(一般型)の公募要領に、労働生産性の算式がそのまま載っています。そしてその式を読むと、時間削減だけでは数字が動かないことが分かります。
AI導入の効果測定は、補助金の公募要領がいちばん厳密に定義している
公募要領の「2-1.(2)基本要件」から、そのまま引きます。
① 労働生産性の向上目標 本事業において交付申請を行う中小企業等は、補助事業終了後3年間で毎年、申請時と比較して労働生産性を年平均成長率(CAGR)3.0%以上向上させる事業計画を策定し、採択を受けた場合はそれに取り組まなければならない。
(付加価値額)=(営業利益)+(人件費)+(減価償却費) (労働生産性)=(付加価値額)÷(従業員数)
——中小企業省力化投資補助金(一般型)公募要領(2026年9月6日閲覧)
ここで注目したいのは目標値ではなく、式そのものです。付加価値額は3つの足し算で、労働生産性はそれを従業員数で割る。どこにも労働時間が出てきません。
なお、この算式を紹介している解説記事のなかには目標値を「CAGR+4.0%以上」としているものがありますが、公募要領の原文は3.0%以上です。数字を使うなら発行元のPDFを当たってください。
この式では、残業を減らしても生産性は動かない
順に追うと分かります。AIを入れて残業が減ったとします。
| 動くもの | 向き |
|---|---|
| 人件費(残業代) | 減る |
| 営業利益 | 同額だけ増える |
| 付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費) | 変わらない |
| 従業員数 | 変わらない |
| 労働生産性(付加価値額÷従業員数) | 変わらない |
人件費は付加価値額の一部として足し戻されるので、残業代の削減はこの式の中で相殺されます。 他の要素が動かなければ、労働生産性は前年と同じ値になります。
私はこれを「制度の欠陥」とは読みませんでした。むしろ「時間を空けただけでは、会社の付加価値は増えていない」という当たり前の事実を、式として書いてあるだけだと思っています。空いた時間で受注を増やしたか、値上げできたか、人を採らずに済んだか。そこまで行って初めて営業利益が動きます。
逆に言えば、「月40時間の削減に成功しました」だけを効果として報告する設計にしていると、この定義では効果ゼロと評価されうるということです。社内の稟議でも同じことが起きます。
だから着手前に決めるのは「空いた時間の使い道」
公募要領は、事業計画で説明することを3点挙げています。
①導入製品の使用方法について ②製品の導入により期待される省力化の効果(省力化効果が得られる機能・性能等) ③省力化により既存業務から抽出できると期待される時間・人員の使途
3つ目に注目してください。「抽出できる時間・人員の使途」——空いた時間をどこへ振り替えるかを、申請の時点で説明させています。
効果測定の設計でいちばん抜けるのがここです。①と②は導入の話なので誰でも書けますが、③は経営の話で、決めるのは現場ではありません。AI導入で止まるプロジェクトの多くは、③を後回しにしたまま①②だけで走り出したものだと私は考えています。
社内で決めるなら、③の答えは次のどれかに落ちるはずです。
- 同じ人数で受注を増やす(売上が動く)
- 採用を止める・減らす(将来の人件費が動く)
- 残業を減らして、その時間を別の付加価値のある業務に充てる(②から①へ移す)
- 何にも充てない(=この式では効果が出ない。それでよいか経営が判断する)
4つ目を選ぶのが悪いわけではありません。離職を止めるための働き方の改善が目的なら、それは正しい判断です。ただし効果測定の指標は別に立てる必要があります。労働生産性で測ると「効果なし」になるからです。
後から作れない数字は2つある
着手してからでは取れないものが、公募要領を読むとはっきりします。
1つ目は、比較の起点になる労働生産性の値です。
このとき提出する中小企業等の決算・賃金に関する情報は、その時点で期末を迎えている直近1年間の事業年度の値及び直近月の値を用いるものとする。
年平均成長率の分母は「交付申請時の労働生産性」で、その値は着手前に期末を迎えている事業年度の決算から取ります。着手してから「基準値を取っていなかった」と気づいても、決算は遡れません。
2つ目は、人手不足の状態です。 公募要領は次の4択から選ばせています。
| 示すこと | |
|---|---|
| ① | 直近の従業員の平均残業時間が30時間を超えている |
| ② | 整理解雇によらない離職・退職で従業員が前年度比5%以上減少している |
| ③ | 採用活動を行い求人を掲載したが、充足には至らなかった |
| ④ | その他、省力化を推し進める必要に迫られている |
④を選ぶと「省力化投資の必要性をより厳格に審査するため採択結果の通知が大幅に遅れる可能性がある」と明記されています。つまり①〜③は数字で示せる事実で、しかもAIを入れた後には消えている可能性があるものです。残業30時間超という状態は、導入がうまくいけば無くなります。
補助金を申請するかどうかに関わらず、着手前の残業時間・離職率・求人の充足状況は記録しておくのが安全です。後から「導入前はどうだったか」を思い出しで書くと、それは実測ではなくなります。
補助金を使わない会社が、この定義をそのまま使う理由
自社で指標を作ると、たいてい「作った人に有利な指標」になります。工数削減率、処理件数、チャットの利用回数。どれも動かしやすく、経営会議で「で、それは儲かっているのか」と聞かれた瞬間に答えられなくなります。
公的な定義を借りる利点は3つあります。
- 決算書から取れる。 営業利益・人件費・減価償却費・従業員数はすでに集計されている数字で、新しく測る仕組みを作らなくてよい
- 社内で恣意的に動かせない。 定義が外にあるので、都合よく分母を変える議論が起きない
- 後で補助金を使うことになっても、そのまま乗る。 申請の段になって基準値を作り直す必要がない
目標値まで借りる必要はありません。CAGR3.0%以上はこの制度の要件であって、自社が何%を置くかは経営判断です。借りるのは定義であって、目標ではないという切り分けだけしておけば十分だと思います。
効果の測り方を決める前に、自社の現在地を数字で見ておく
ここまでの話は「着手前に数字を取っておく」に尽きます。その前段として、自社がAIをどこまで使える状態にあるのかを点検しておくと、③(空いた時間の使途)の議論が具体的になります。AI適合度診断は10問で点数が出ます。連絡先の入力は要りません。
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関連して、AIを導入したのに社内で使われない理由とAI導入支援の会社の選び方も同じ読者向けに書いています。
出典
- 中小企業省力化投資補助金(一般型)公募要領(独立行政法人中小企業基盤整備機構・2026年9月6日閲覧。労働生産性の定義は「2-1.(2)基本要件」、事業計画の説明3点と人手不足の4択は「3-2.事業計画の策定」、申請時に用いる値は「3-1.全体フロー(2)交付申請」)
- 中小企業省力化投資補助金(2026年9月6日閲覧)
よくある質問
- AI導入の効果は何で測ればいいですか?
- 公的な定義を使うのが一番揉めません。中小企業省力化投資補助金の公募要領は、付加価値額=営業利益+人件費+減価償却費、労働生産性=付加価値額÷従業員数、と定義しています。補助金を申請しない会社でも、この式をそのまま社内の基準に使えます。
- 残業時間を減らしたのに、なぜ効果として出ないのですか?
- この式の分母が労働時間ではなく従業員数だからです。残業代が減ると人件費が減りますが、その分は営業利益に移るだけで、付加価値額の合計は変わりません。従業員数も変わらないので、他の要素が動かなければ労働生産性は同じ値になります。
- 目標はどれくらいの数字ですか?
- 省力化投資補助金(一般型)の公募要領では、補助事業終了後3年間で毎年、申請時と比較して労働生産性を年平均成長率(CAGR)3.0%以上向上させる事業計画の策定が基本要件とされています。
- 着手前に取っておかないといけない数字は何ですか?
- 比較の起点になる交付申請時の労働生産性です。公募要領は「その時点で期末を迎えている直近1年間の事業年度の値」を使うとしており、着手後に取り直すことはできません。あわせて人手不足の状態(残業時間・離職率・求人の充足状況)も申請時点の事実として示す必要があります。
- 補助金を使わない場合も同じ考え方でいいですか?
- 定義としては使えます。ただし補助金の目標値(CAGR3.0%以上)や賃上げ要件はその制度の要件なので、自社の目標として何%を置くかは別に決める話です。申請しない場合でも、着手前の数字を取っておく点と、空いた時間の使い道を先に決める点は同じです。
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